取扱作家
佐野繁次郎Sano Shigejiro

1900年 大阪船場に生まれる。
1924年 信濃橋洋画研究室へ入所、小出楢重に師事。1931年頃から横光利一小説『機械』(白水社)の装釘を手掛けたのをきっかけに、その後も氏の挿絵や装釘を描く売れっ子に。同時期、御園白粉で知られた伊東胡蝶園で、広告のブレーンを担当。
1935年 伊東胡蝶園の新製品白粉「パピリオ」デザインも手掛ける。その文字が洒落た字体と色彩によるもので、大変な人気商品となる。またこの頃花森安治に師事されていた。(パピリオ関連のアシスタントとして)
1937年 渡仏しアカデミー・ジュリアンとアカデミー・グランショミエールに学び、アンリ・マティスに師事。
1939年 ノルマンディー号にてニューヨーク経由で帰国。
1940年以降も横光利一の装丁をはじめ、辻静雄『パリの料亭』など様々な装釘を手掛けた。
1951年 再渡仏し、金山康喜、田淵安一と交流。
1952年 『SANO』ピエール・デカルグ著(オルファ出版)
1953年 フランスより帰国。
1955年 『銀座百点』創刊号から1969年まで、表紙を手掛ける。その後も洋画家として、装幀画家として活動。
1987年 死去。
日本人離れしたデザイン力、独特の画風をもち、デッサンなどにも一点一点に魅力を備える稀有の画家。
作品は数十年を経てもなお新しさを感じさせる。油彩にも時々見られる直筆の文字も魅力のひとつ。

